わたしの好きな季題・季語・「椎若葉」(山岡蟻人著)
『童子』2012年9月号(童子吟社)143ページに掲載されました。原稿を転載します。編集作業の修正などは直してありません。引用などをされる場合は原本に当たってください。
椎若葉 館山 山岡蟻人
私は南房総の館山市沼に暮らしている。地域は、椎や樫など常緑で大きな広葉をもつ照葉樹の林に蔽われた里山だ。照葉樹林は単調な景観だと思われている。一年の大半は黒ずんだ濃い緑色である。しかし、毎日、窓から眺めていると、季節によって微妙に色調が変わっていくことが解かる。なかでも強烈な印象を受けるのは、初夏のほんの「一瞬」の変化である。
南房総の照葉樹林は海のように広い。黒ずんだ丘陵のあちこちに黄金色のもこもこした「島」が出現する。椎若葉である。これに椎の花が重なる。生り年の椎の木の花はことに目を引く。
東京に勤めていたころ、毎年のように訪れていた明治神宮や目黒の自然教育園で椎若葉・椎の花を見ていた。だが、印象は薄かった。林の中では地面に落ちた椎落葉から間接的に椎若葉を知る。また、こぼれ落ちた雄花とむっとする臭いで椎の花を知る。椎若葉は、大きな景観の中でこそ、いきいきと感じとられるものなのだろう。
「一瞬」の変化を捕えなければ椎若葉は生きない。南房総の鎮守や産土はたいてい照葉樹林の中にある。椎若葉は憑代の「一瞬」の輝きと言えなくもない。この「一瞬」が見えるように作句したいと思う。
塗り終へし神輿光るや椎若葉 山岡蟻人